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移住者インタビュー・加藤様「季節の移ろいを五感で楽しむ、家族や友人、地域の人が集う住まい」

移住者インタビュー
2023.5.13
2023.5.13

2020年に岐阜県各務原市から長野県安曇野市に移住した加藤さんご一家。

はじめから「安曇野に住みたい」という思いでの移住ではなく、『家族みんなが笑顔で暮らせる場所』を探していたところ、さまざまな事情が重なり、まるで導かれるようにこの地にたどり着いたそうです。

夫婦ともに縁もゆかりもない未開の地に行き着いたストーリーと、この地で新しく紡ぎだした家族暮らしを楽しむ日々を覗かせていただきました。

プロフィール
加藤哲史さん / 岐阜と安曇野市の二地域居住
加藤ミチさん / 岐阜から2020年移住
加藤環くん / 加藤樹くん

土地探しに5年。さまざまな偶然が重なり、それはまるで導かれるように、安曇野への移住が決まった


哲史さんとミチさんが新しい住まいを探し始めたのは、2017年のこと。

住んでいた家が手狭になり、“家族みんなが一人一人が心地よく過ごせる家”を求め、当時住んでいた哲史さんの実家近くの岐阜県各務原市や、ミチさんのお母さんが住んでいた長野県御代田市やその周辺など、実にさまざまな場所に赴き、土地や中古戸建を見て回ったと言います。

「各務原市内で、すごく立派な古民家を見つけて、その持ち主の方もとてもいい方で、コーヒー屋さんもしたいという夢もあったし、土地も広かったから、よしここにしようって決める手前まで行きました。そのタイミングで、僕の母に病気が見つかり、介護が必要ということになり、家探しはいったん白紙に戻しました」と哲史さんは振り返ります。

「家探しはいったん中止していた矢先、第二子の妊娠が発覚したんです。当時、妊娠と介護が同時進行になり、さらにお腹にいた次男の肺にも病気が見つかり、専門的な病院での診察が必要になってしまいました。その頃、紹介されたこども病院が岐阜県にある岐阜大学医学部附属病院でしたが、当時母が御代田町から大町市美麻(みあさ)に移住していて、近くに長野県立こども病院があったので、私と長男を連れて母の元に拠点を移しました」とミチさん。

職場が各務原市だったということもあり、哲史さんは両親の住む各務原市に拠点を置き、ミチさんと長男の環くん、そしてお腹の中の樹くんは長野県で暮らすという、短期間の家族が離れて暮らす生活がはじまりました。

ミチさん:「産後、しばらくは定期的な通院が必要だったということもあり、病院に近い安曇野エリアでの土地探しも検討し始め、入院中動けなかった私に代わって、哲史さんがいろんな土地や物件を見つけてきてくれて、その中のひとつが今のこの場所でした」

新たな住まいを探し始めてから、実に5年もの月日が流れていました。

自然豊かな安曇野。理想の土地と出会い、「家族みんなが笑顔で暮らせる家」を作り上げた


哲史さん:「はじめて土地を見に来た時、ここから見える山並みの美しさや、景色の素晴らしさ、のどかさに心がぐっと動かされました。もうここしかないなと決め、早速工務店探しがはじまりました。そこで義父から『アトリエデフ』さんっていういい工務店さんがあるよと聞き、モデルハウスの見学や相談に行ってみました」

ミチさん:「土地探しが長かった分、土地が見つかって、工務店さんが決まって、家の設計が始まってという流れがすごい流れるようにスムーズに進み、スムーズだと苦戦するところが全然なくて。まるで導かれるように新しい暮らしがはじまりました」

ミチさんのお父様は竹細工の先生であり、その傍ら大工仕事や庭造り、自然農も勤んでいます。ミチさん自身が幼い頃、九州の山合いで自給自足のような生活を経験されていたということもあり、家づくりはしっかりと希望が明確で、それを実現してくれる工務店に出会えれば、理想の住まいを実現できると考えていました。

そこでミチさんは、「家族のプライベートがしっかり保てる家」、「L字型のキッチン」、哲史さんの要望である「薪ストーブの設置」といった理想の暮らしを言語化し、家づくり実現に向けた希望をまとめたノートを作成。設計時には、このミチさんの家づくりノートと、打ち合わせの中でヒアリングしたご夫婦の要望を元に、図面が作成されました。

哲史さん:「最初にデフさんから提案いただいた図面では、家の向きが今と異なっていたのですが、そこは景色を活かした家にしてほしいという要望を出し、再度検討してもらったり、家作り中の打ち合わせでは、現場で職人さんと細かい位置だったり、高さなどを打ち合わせでき、僕たちの暮らしに合った家を作り上げてもらいました」

ミチさん:「キッチンのある場所から、有明山とか大好きな安曇野の景色が見える位置に窓を作ってもらいました。ここは本当に景色が綺麗で、季節が移り変わるごとに会話が生まれ、たとえばこの時期だと、田んぼに水入れた瞬間にカエルが一斉に鳴き始め、生命の宿りを感じます。あー、この季節が来たなって。夜は周りが静かだから、余計に自然の音が耳に聞こえてくるんです」

哲史さん:「僕は仕事の都合上、平日は岐阜、週末は安曇野という二拠点生活ですが、安曇野に帰ってくると、圧倒的に自然ののどかさや、四季の変化を感じています。どこに行っても同じ景色がないから、毎回新鮮な気持ちで過ごしていますね」

家族、友人、近所に住む子供たちまで。みんなが気軽に集える「居心地の良い場所」


この日は、妊娠中から近くでミチさんを支えてくれた、ミチさんのお母さん、重田礼子さんも遊びに来てくれ、家族みんなでミチさんの作る手料理を楽しんでいました。

礼子さん:「この木の吹く感じがいつ来ても気持ちよくて。二人の理想の家ができて嬉しいですね」

今も週1回遊びに来て、孫の環くん、樹くんと、近くの川までの散歩道で生き物を一緒に見付けたり、庭や畑で草花や野菜の手入れ・収穫など、自然と触れ合う日々を楽しまれています。

ミチさん:「母が近くにいてくれるので、本当にありがたいですね。そして、ご近所の方もみなさん本当に優しくて。庭作りについて色々とお話しすることも多かったり、近くに住む子どもたちが気軽に遊びに来てくれるので、週末は出かけることが減り、家で過ごす時間が圧倒的に増えました。

安曇野は移住者も多くて、こっちに来てすごく感じたのはみんなよく話しかけてくれるんです。庭の手入れをしていたり、外で薪を割っていたりすると、通りがかる方たちがみんな喋りかけてきて、本当に自然に会話が生まれます。子どもたちもこの恵まれた環境で、のびのびと育ってくれています。観光地としても感動しましたが、日常の暮らしの中でのどかさをやっぱり体験できるのが嬉しいですね。あと、個性が光る、活きいきとした人達が沢山自分たちなりに働いて、、私もそうなりたいと思うようになりました。」

哲史さん:「住んでいくうちに、家族のライフスタイルも変わっていきます。デフさんの家は可変性があるので、その時々の環境に合わせながら変えていくことができるので、これからの暮らしも楽しんでいきたいですね」

いつか、コーヒー屋さんや小料理屋さんなど、お店をオープンしたいという夢を持つ加藤さんご夫妻。自然に恵まれた豊かな安曇野の地で、家族みんなが笑顔で過ごせる、加藤さん一家の日々は続いていきます。

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